さまざまな学びについて考えてみました

程よい教育とはなにか

ゆとり教育という言葉が流行したのは数年前のことになりますが、いまだにそのような風潮というのは抜け切れていません。
それはなぜかというと、いったんゆとりが始まってしまえば、そこから抜け出すということがとても難しいからなのです。
人間というものはいったん怠けてしまうと、それが普通の状態になってしまい、それを変えるということがなかなかできません。
ですので、数年間「ゆとり教育」というワードが世間で言われ続けている状況があるのです。
しかし、いつまでもこのような習慣を続けていく訳にはいきません。
なぜなら、海外の教育事情と比べてみても国内の子供たちの学習能力の低下具合は悪い意味で目を見張るものがあります。
これでは、将来のこの国を担っていくべき若者たちがきちんと育っていないということになり、そもそも教育の責任になってくるのです。
では、変えることが難しい状況を打開していくためにはどのような対策を練っていく必要があるのでしょうか。
それは、まず教育者の教育を一から見直すことです。
教員になるためには試験を受けてそれに合格しなければなりませんが、今の試験の難易度はかなり低いものです。
そのため、そこまで力がなかったとしても教員になれてしまうような場合があります。
これでは、ゆとり教育が教員にまで浸透していることになりますので、状況は変えられません。
そこで、教員試験の難易度を今一度見直し、変えていくことが大切なのです。
これが上手く実行できれば、教える側が変わっていくことになりますから生徒の側もそれに順応せざるを得ません。
こうしてゆとりというものがなくなっていけばいいのです。
ただし、あまりにも厳しすぎる教育が行われていくと、それは逆効果になってしまうような場合がほとんどですので、そのあたりのさじ加減というものは絶対に間違えてはいけません。
要は、教育というものには適度な厳しさが必要である、ということになってきます。